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「さて、皆準備はいいかな。ここから先、僕は同行できないから本当に気を付けるんだよ」
「なんで所長はいかないんですか?」
「そりゃあ、いざという時誰か君たちを救うのさ。じゃあこれ、はい。」

並ばせた一同の手にころりと、金の鎖につるされて留め金に嵌った水晶玉を乗せる。その水晶玉はほのかに暖かいような、手に馴染むような。それを不思議そうに眺めたのは三神だった。

「こんなん、いつ作ったの。」
「えーと、ヨナベ?」
「所長っていつ寝てんの」
「この鏡を作った破材のようなものだよ。本当はずっと前からあった。大事にしてね。これが壊れたら助けるのすっごく大変なんだから」

そう、一瞥もせずに返して配り終わると一番近くのパソコンを何やらいじって、かちりと最後の打音が響く。その鏡からは赤い光が漏れ、ガサガサという葉の擦れる音が聞こえた。なんとなく、肌寒いような気がする。

「向こうは何月なんだろう、多分秋……かな。結構寒いよね。」

ゆっくりと近づいた所長が、鏡面に触れるとそこは水のようにその手を受け入れ、光ごと波打っていた。どこか真剣に口をつぐんだ横顔がゆっくり列を向くと引き抜いた手に赤い光が纏わって、わずかに残って消えた。

「君たちの任務は、この平坂の異変を調査、究明、そして解決である。でも、命を一番大事に。さあ、くぐって。……あ、こわい?じゃあ志崎くんから」
「……はあ」

向き合った向こう側には、赤い月が煌々と。そして、うっすら浮かぶ自分の姿。今更躊躇いを持たずに中に一歩踏み出すと、秋の風に髪が揺れる。そこに流れる季節は2017年の10月。本来であれば聖杯戦争真っただ中のはずの平坂の大地に一行は足を踏み入れたのだ。

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「僕はね。女の子は苦手なんだよ」
「あら。どうして?」
「……いや、筋の通らないものが理解できなくて嫌い、と言うべきかもね。君に触れてそう思ったよ」
「そう。」

薄く空中に投影された所長は何処か表情を曇らせている。モニター越しでは見えない何かを視ようとしているのか、何度か目を細めていた。

「過去の過ちから何を学ぶか、人はいつだって後手に回りがちだからね。魔眼を持っていればそれに頼ろうとして駄目だ、そう思わないかな、レディ」
「ていうか、とりあえずパワーでなんとかならないの?」
「マスターったら……」

どこか緊迫した空気を纏う中、愛菜はいつも通りの調子で言った。一瞬空気の和む中、映り込んだ影に所長の顔がこわばる。

「みーつけた」
「向こうの……。」
「ずいぶんと小さいんだね、大将首には見えないくらいには」
「やだ、喧嘩買ったから引き換えに来たんだよ?」
「君そんなことしてたの?」

ほんの少し、世界を揺らすだけ。ルーラーにとってはそれだけで十分だった。この舞台で、役者を引きずり込んで、足りないものを足して自身が楽しめるようにことを動かす、力そのものが彼女だった。

「私、おもしろいことが好きよ。だから私に喧嘩を売ったあなたのこともちょっと好きかも。普通そんなことしないわ、……もうノーはないわ、私はここを閉じたもの」

くるりと身を翻し、どこかから引きずり出すようにバーサーカー陣営を呼んだ。しばらく目を丸くしていた冥賀とバーサーカーは目の前の少女二人を見てすべてを察した。ルーラーは一瞥をさせる暇もなく、世界を歪めて逃げ場を失くしていく。

「ねえ!生きていたいんだよね!?願い叶えたいよね!?さあ!さあ!!面白いものを私に見せてよ!!つまんなかったらぜったいぜったいゆるさないから!」
「愛菜、レディ、こち……が、……」
「通信が……」
「カンニングなんて面白くないよ、ばいばいショチョーさん。」

投影されたのを水月かき消すように手の平で煽って世界とのつながりを溶かしてしまえば、まるで誂えたように赤い月が五人を照らす。

「他人を殺したくないとか言われたから特別。ここには人はいないし、安心してどこまでも駆けずり回ってね!それじゃあスタート!」
「とりあえずマスターをぶん殴ったらいいよね」
「向こうもこちらも、あの子に振り回されるのね……」
「……やるしかなさそうだな」
「ああ、……悪いが、絶対に負けられないんだ。」

それぞれの思いを尻目に一人高みの見物をしゃれ込むルーラー。彼女が満たされるまで、この戦いは終わらないのだろう。

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「くそ、切られた」

 

暗い部屋で苛立った声が反響した。動作を停止したPCと、エラーメッセージを吐いている絡まったままの因果監視鏡だけが光っている。そんな空間を四角く切り取って光を背負ってキャスターが部屋に入ってきた。

 

「大丈夫か」

「……。大丈夫、一応まだ誰も消えてない」

「便利だよなお前の目。」

「どこに行っても欲しがられる特別なものだよ。それで、キャスター、何の用?まさかただ心配してきたってわけじゃないでしょ?」

 

どこか皮肉っぽく笑って、キャスターはその言葉に同意するように何度か頷いて見せ、文字が紙上でころころ変わる調査票を見せつけた。すでに出力されたはずのその文字が毎秒変化していく様は不気味以外の何物でもない。

 

「………。」

「これ、どういうことだ」

「それは、鴇田くんのだね。ちょっと確認してくるよ。ここにいて」

「は、あ、お……おい……。」

 

暗い部屋に取り残されたキャスターは画面にルーラーをとどめたまま止まったPCの前のぬるまった椅子に座った。その背景の赤い月、そして横に添えられた報告書に乗った名前。どれもに覚えはなかったが

 

「平坂、か」

 

ふーん、と見下ろしてその紙の束を持ってみるとぐちゃぐちゃと殴り掛かれたメモがいくつも残されている。

 

「真面目なのか不真面目なのか、本当にわかんないヤツ」

 

空中を手でかき混ぜてみればそのうち羽ペンがそこに生まれてくる。そしてまっさらな紙だって道具作成で呼び出せる。その到底文字と呼べそうにないものを読みながら書き写した文字はこの組織があるここ、日本の言語だった。

 

「……あ、……」

「ん?」

「つながったわ、マスター。」

「あれ。キャスターじゃん」

 

乱れから戻ったその画面を覗く二人の少女にキャスターは一瞬視線を向けて、すぐに作業に戻っている。口だけはそちらに向けて。

 

「ああ。……終わったのか?」

「ええ。なんとか。」

「そう……。キャスタークラスって真っ向から戦うって向かなくねえか?とりあえずお疲れ。」

 

あっという間に読めない文字から日本語の文章に整えられたそれを纏めながらついに画面を見た。その表情はどこか安堵し、優しく笑んでいた。

 

「愛菜も無事?」

「当たり前じゃん。ピンピンしてる」

「よし。……。俺はそっち行けないからな。戦力になるかなーと思ったけど、平坂は駄目だ」

「なんで?」

「……なんでも」

 

動き始めた因果監視鏡がその絡まった糸をゆっくりほどき、もつれた塊から一本の糸へと戻っていく。

 

「そろそろこっちに戻ってこい。後処理は鹿内がやってる。」

「鹿内さんが?」

「そのために同行してるからな」

「でも、後処理って?」

「そりゃあ……。いや、まあとりあえずあまり長居すると戻るのに巻き込まれるかもだから、なるべく早く戻って来いよ」

 

それだけ言って通信を切ると戻ってきた所長は未だに文字が動き続けている調査票を片手に戻ってきて、キャスターが纏めた方のものを一目見ては自分の資料を机から拾い上げた。

 

「なあ」

「なあに?」

「お前って本当に、性格が悪いな」

「嫌だな。そんなことわざわざ言うために残ってたの?」

「……別に」

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