「こんなに人を集めて、どうするつもりなんだよ」
シュミットは着なれない制服を脱ぎながら窓の外を眺めるルーラーに声をかけた。部屋を拡張するなんてことはできるわけがなく断ったが、それ以外のあらゆる面倒を押し付けられ、人を集め、声をかけたり環境を整えたりととにかく仕事を振られていた。
「だって~面白いことしたいじゃん?」
「面白いって……」
「それにシュミットだって実質私に頭なんか上がらないんだから」
「……」
それはそう、と、口にするのもはばかられた。それを認めてしまうにはいささか達観が彼には足りなかったからだ。そうだといってしまえば、もうずっとそこから抜け出せないような、そんな予感が彼にはあった。
「……でさ、なんでここの学校なわけ?」
「だってこの世界、……ううん、元の世界?さらに元の世界?ふふ、難しいけど、そもそも改変を受けた世界って、世界線的にふわふわしてるの。手を加えるのが一番楽だったな~」
「お前怖いよ、ほんとに」
ハンガーに吊られカラカラ揺れる制服は、自分には無縁の代物だった。学校、なんてものに通った記憶など無く、ただあるのは劣悪な状況でやせ細って友達というには強すぎる連帯感で寒さをしのいだ過去と、そこから飛んで非正規ながら仕事をし、それなりの仲間がいて、趣味を楽しんではそこそこの生活を営む毎日。最上とは言えないも、幸せだといえた。
そんな中で現れたのがルーラーだった、コンビニへ行く道すがら急に手を掴まれ振り返った瞬間からこうしてあちこち連れまわされているのだ。ある時はサンダルで山登りをさせられ、ある時はバスを逃し、ある時は山中の屋敷を探せと言われたり。ここまでやる自分はとても偉いと鼓舞しながら、時々おかしいと抗議してこの半年を過ごしていた。
「お茶会楽しみだね!私こういうのやってみたかった。経験ないし?」
「ああ、そうですか。あのさあ、結構学校から距離あるのよココ。ね?分かるでしょ?」
「頑張って運んでえらいえらい」
なでなで、と小さな手が動くのには悪い気がしない。
役割を決め、そこの鍵を渡し、そして集合すべき今現在いる世界への扉をつなげたルーラーが何者なのか、シュミットはわかっていなかった。ただわかることと言えば、これが小さな少女の姿をしていて、なぜか背中側に手を回せばなんでも取り出せて、サングラスが気に入っていることくらいか。人を小ばかにしていると感じることはあるがそこに真意は見えたことがない。
「シュミットは楽しみじゃない?」
「あの……、いや、まあいいや」
「?……ふーん。」
正直なことを言えば、何もかもが恐ろしい。この少女も、そしてこれからの事も。なぜか巻き込まれた、それ以上の認識がない彼にとって現状は理解しがたいものであった。理解の及ばない存在は恐ろしい、けれどそれ以上にきっと自分はこの世界にとって同じように理解の及ばないものになってしまったのだろうと思うと、なんだか自分が化け物になってしまったようで恐ろしいのだ。平和なこの学校の日常になれるほどに、この世界が自分んという異物を取り込んで慣れていく様を見るたびに、いつか何かが来る予感があって恐ろしい。自分は何になってしまったのだろうかと、考えてしまう。
「ねえ、今何考えてる?」
最も恐ろしいのは、こうして考えるたびに覗き込むこの少女の目であったりする。何かを見据えていそうな、永遠の形をした目が恐ろしい。魂が冷えるような思いで彼は首を横に振った、もう数えるのもやめたほどこうして誤魔化しているのだった。